長い冒険を共にした心のクラブ
- yamato kawai
- 2025年9月19日
- 読了時間: 3分
千葉印西校。
9月末で契約満了の為
来週でペルージャジャパンとしては最後のスクールとなります。
同じ環境で、同じスタッフが、同じメソッドでスクールを行うので
選手達にとっては何も変わらないのですが
個人的には淋しいものがあるのは事実です。
17年もの間、同じエンブレムのユニホームを着続けてきたわけで
もっと言えば、プリマヴェーラ(ユース)時代も合わせれば
人生の半分以上を同じクラブと共に過ごしてきました。
昨年末にペルージャ(イタリア)は買収され
経営陣が一新されました。
これまで十数年一緒に働いてきたファミリーが去り
私自身もここで一区切りつけようと思いクラブから離れる決断をしました。

今でこそ、イタリアだけでもミラン、インテル、ユーヴェなど
世界中のビッグクラブが日本にオフィシャルアカデミーを開校していますが
ペルージャジャパンを立ち上げた当時は
まだヨーロッパのプロチームで日本でアカデミーを開校しているクラブはなく
我々ペルージャジャパンが初の日本でのオフィシャルアカデミーでした。

物珍しさもあり
テレビや雑誌、新聞などメディアにも取り上げてもらえて
兵庫を中心に、大阪、京都、徳島、宮城、東京、神奈川、千葉など
全国各地でスクールを開校することができ
全盛期は500名ものスクール生が在籍していました。

ここまで来れたのも、20歳近く年上だった当時のペルージャのGMマウロが
社会を知らない、ただプライドの高いだけだった生意気な若者だった私に
なぜか、愛情深く、時に厳しく、いつも対等に扱ってくれた余裕と配慮の賜物だと思っています。
頭でっかちだった自分を
マウロを中心とした沢山のファミリーと言える方々に解放してきてもらいました。

ペルージャとの仕事は終わりますが
当時15歳だった何者でもない自分は
いろんな事を教えこまれていました。
それはピッチ内だけにとどまらず
話し方、生き方、お金の稼ぎ方さえも。
長い冒険を共にした『心のクラブ』との日々を忘れることはありません。
本当にありがとうございました。
私はペルージャジャパンとしてやってきたことに心から満足しています。
悩みながらもひとつひとつ
自分で決めて進んでいくことができました。

感謝の気持ちと同時に
ペルージャから解放されることで
自分の興味が広がり
もっと自由になれることで
今とは違ったものが見えてくるはずです。
私は新たなスタートをワクワクしています。
来週はペルージャジャパンとしての最後のスクールです。
17年間の想いが詰まった良いトレーニングができるように
1分1秒を噛み締めてピッチに立ちたいと思います!
ペルージャジャパン
河井








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